SACHiEl (9/13)
2006,06,15, Thursday
あれから1週間が過ぎたが、幸恵は姿を見せなかった。心配だったが、連絡先も知らないので困り果てた毎日を俺は過ごした。そうこうしているうちに俺の退院も決まり、身の回りの整理を始めなくてはいけなくなった。
「どうしよう…」
それは幸恵が置いていったカバン。取りにも来れない事情があるのだろうか?
俺は意を決してカバンを手にした。中にはノートが1冊入っていた。
俺はドキドキしながらノートを開いた。
「?」
そこには「クレイジー」と書かれて、その下に沢山の天使の名前が書かれていた。
「ミカエル、ガブリエル、ラファエル、ウリエル、サリエル…」
数えてみると90人。一体どういう意味なのか?
幸恵の来ない日々を俺は読書で過ごした。天使や悪魔、神、宗教と手に出来る本はなるべく買って読んだ。周りは俺が宗教やオカルトにハマったと思って心配してくれた。
「それにしてもなんだろう。クレイジーって…」
俺が読んだ本ではそんな言葉は出て来なかった。天使関係ではないのだろうか?
何ページがめくるとメモのような文章があった。
『鳥は卵の中からぬけ出ようと戦う。卵は世界だ。生まれようと欲するものは、一つの世界を破壊しなければならない。鳥は神に向かって飛ぶ。神の名はアブラクサスという』
あの一文だ。あれからデミアンも読んでみた。とても難解な内容に何度か挫折しかけたが、どうにか読み終わった。今にしてみると俺の一生の支えになる本かも知れないと思えた。
他は何ページか破り取った形跡があるだけで、特に何も記されていなかった。幸恵の情報に関しては何も載っていなく、ガッカリした俺はノートをカバンにしまい窓のそばに置いた。
「!」
窓の外、門の向こう。黒い制服姿の女子生徒が沢山立っている。半端ではない人数。正確に数えた訳では無かったが、咄嗟に90人いると思った。
「まさかクレイジー?」
女生徒達はこちらを見ていた。いや、明らかに俺を見ていた。
「ハ!? もしかしたら彼女達に聞いたら幸恵の事が判るかも?」
俺は勢い良く病室を出た。エレベーターなんか待ってられなかった。階段を駆け降り、正面玄関に着いた。しかし、門の向こうにはもう誰の姿も無かった。
肩で息をしながら俺は途方に暮れた。
退院した俺は自宅療養と言う名の現実逃避の毎日だった。学校に戻る元気も無く、だからと言って何をする訳でも無くただ部屋でぼーっとしていた。原因は幸恵だ。恋なのかどうなのか判らないが、頭から彼女の事が離れない。何をしているものか判らない不安と心配が俺を押しつぶしていた。
俺を心配して家族や友人達もたまに顔を出してくれるが、その声は俺の中には残らず、ただただ幸恵の事を考えていた。そしてあの、マジェスティック12とクレイジー(便宜上、俺の中ではそう呼んでいた)は何だったのだろうか?
本棚に入り切らない位に増えた天使や悪魔の本。その中に面白い仮説を発見した。天使は宇宙人だという仮説。そのせいで今度はUFOや宇宙人の本も増えていき、どう考えてもヤバいオタクの部屋にしか見えなかった。手に入らない本は近所の図書館に通ったりして読んだ。しかし俺の中の答えは未だ見えていなかった。
部屋の隅に置いてある幸恵のカバンだけが救いだった。
「!」
俺を驚愕したのはテレビのニュースだった。
テレビ画面に映る海岸沿いに並ぶ黒い塊。イルカ? サメ? アザラシ? そのどれでも無かった。やがてカメラは遠目からその塊にズームインしていく。と同時に画面にモザイクがかかる。それも黒い塊に。そしてリポーターの興奮しきった声が響いた。
「沢山の女生徒の遺体が海岸に沿って数えきれない位、打ち上げられています!」
それは死体の山だったのだ。だからモザイク処理をしていたのだ。それにしてもこんな場面、報道して良いものなのか? やがてカメラは現場の上空のヘリコプターから映像に切り替わった。ロングなので詳細が判らない分モザイクは無く、沢山の人が倒れている様が映された。どう見ても人だ。それも10代の少女。その映像を見ながら俺の頭をかすめたのはクレイジーだった。
「ま…まさか…ね」
チャンネルを替えても、どの局も緊急報道でこの映像が流れていた。
「警察は事件と事故の両方から捜査すると言う事ですが?」
「最近は一人で死ねないからみんなで死のうとする若者が増えています。特に思春期の果敢な時期の少女と言う者は、集団行動に捕われがちです。以前にアイドルやロッカーが自殺をした後にも必ず後追い自殺する少女が多数いました。今回の事件もその心理が働いたのではないでしょうか?」
若者評論家と言う謎の肩書きを付けた男が、キャスターに向かって偉そうに話している姿が映っていた。そしてキャスターも理解したのかしていないのか、困ったような表情で頷いていた。
いずれにしても尋常では無い光景だ。果たして集団心理なのか、それとも何か他の理由なのかは別にしてもこれだけの少女の死体は、誰もが初めて目にした事だろう。
テレビの中ではコメンテーター達が好き勝手な憶測をしゃべり続けていた。その画面を観ながら俺は1つの事を思い続けていた。
「あの中に、幸恵がいませんように…」
(つづく)
「どうしよう…」
それは幸恵が置いていったカバン。取りにも来れない事情があるのだろうか?
俺は意を決してカバンを手にした。中にはノートが1冊入っていた。
俺はドキドキしながらノートを開いた。
「?」
そこには「クレイジー」と書かれて、その下に沢山の天使の名前が書かれていた。
「ミカエル、ガブリエル、ラファエル、ウリエル、サリエル…」
数えてみると90人。一体どういう意味なのか?
幸恵の来ない日々を俺は読書で過ごした。天使や悪魔、神、宗教と手に出来る本はなるべく買って読んだ。周りは俺が宗教やオカルトにハマったと思って心配してくれた。
「それにしてもなんだろう。クレイジーって…」
俺が読んだ本ではそんな言葉は出て来なかった。天使関係ではないのだろうか?
何ページがめくるとメモのような文章があった。
『鳥は卵の中からぬけ出ようと戦う。卵は世界だ。生まれようと欲するものは、一つの世界を破壊しなければならない。鳥は神に向かって飛ぶ。神の名はアブラクサスという』
あの一文だ。あれからデミアンも読んでみた。とても難解な内容に何度か挫折しかけたが、どうにか読み終わった。今にしてみると俺の一生の支えになる本かも知れないと思えた。
他は何ページか破り取った形跡があるだけで、特に何も記されていなかった。幸恵の情報に関しては何も載っていなく、ガッカリした俺はノートをカバンにしまい窓のそばに置いた。
「!」
窓の外、門の向こう。黒い制服姿の女子生徒が沢山立っている。半端ではない人数。正確に数えた訳では無かったが、咄嗟に90人いると思った。
「まさかクレイジー?」
女生徒達はこちらを見ていた。いや、明らかに俺を見ていた。
「ハ!? もしかしたら彼女達に聞いたら幸恵の事が判るかも?」
俺は勢い良く病室を出た。エレベーターなんか待ってられなかった。階段を駆け降り、正面玄関に着いた。しかし、門の向こうにはもう誰の姿も無かった。
肩で息をしながら俺は途方に暮れた。
退院した俺は自宅療養と言う名の現実逃避の毎日だった。学校に戻る元気も無く、だからと言って何をする訳でも無くただ部屋でぼーっとしていた。原因は幸恵だ。恋なのかどうなのか判らないが、頭から彼女の事が離れない。何をしているものか判らない不安と心配が俺を押しつぶしていた。
俺を心配して家族や友人達もたまに顔を出してくれるが、その声は俺の中には残らず、ただただ幸恵の事を考えていた。そしてあの、マジェスティック12とクレイジー(便宜上、俺の中ではそう呼んでいた)は何だったのだろうか?
本棚に入り切らない位に増えた天使や悪魔の本。その中に面白い仮説を発見した。天使は宇宙人だという仮説。そのせいで今度はUFOや宇宙人の本も増えていき、どう考えてもヤバいオタクの部屋にしか見えなかった。手に入らない本は近所の図書館に通ったりして読んだ。しかし俺の中の答えは未だ見えていなかった。
部屋の隅に置いてある幸恵のカバンだけが救いだった。
「!」
俺を驚愕したのはテレビのニュースだった。
テレビ画面に映る海岸沿いに並ぶ黒い塊。イルカ? サメ? アザラシ? そのどれでも無かった。やがてカメラは遠目からその塊にズームインしていく。と同時に画面にモザイクがかかる。それも黒い塊に。そしてリポーターの興奮しきった声が響いた。
「沢山の女生徒の遺体が海岸に沿って数えきれない位、打ち上げられています!」
それは死体の山だったのだ。だからモザイク処理をしていたのだ。それにしてもこんな場面、報道して良いものなのか? やがてカメラは現場の上空のヘリコプターから映像に切り替わった。ロングなので詳細が判らない分モザイクは無く、沢山の人が倒れている様が映された。どう見ても人だ。それも10代の少女。その映像を見ながら俺の頭をかすめたのはクレイジーだった。
「ま…まさか…ね」
チャンネルを替えても、どの局も緊急報道でこの映像が流れていた。
「警察は事件と事故の両方から捜査すると言う事ですが?」
「最近は一人で死ねないからみんなで死のうとする若者が増えています。特に思春期の果敢な時期の少女と言う者は、集団行動に捕われがちです。以前にアイドルやロッカーが自殺をした後にも必ず後追い自殺する少女が多数いました。今回の事件もその心理が働いたのではないでしょうか?」
若者評論家と言う謎の肩書きを付けた男が、キャスターに向かって偉そうに話している姿が映っていた。そしてキャスターも理解したのかしていないのか、困ったような表情で頷いていた。
いずれにしても尋常では無い光景だ。果たして集団心理なのか、それとも何か他の理由なのかは別にしてもこれだけの少女の死体は、誰もが初めて目にした事だろう。
テレビの中ではコメンテーター達が好き勝手な憶測をしゃべり続けていた。その画面を観ながら俺は1つの事を思い続けていた。
「あの中に、幸恵がいませんように…」
(つづく)