世界の終わりに君と。【1/7】
2006,09,24, Sunday
〜幸恵外伝〜
第一話「World's End」
こんな気持ちで彼女と夕日を見るなんて思わなかった……
小鳥遊永遠(たかなしとわ)は放課後の教室で、憧れていたクラスメートの曽根崎幸恵(そねざきさちえ)と二人きりで向かい合っていた。
「えーっと……」永遠は何かを言いたそうにしていたが、なかなか話し出せずに立っていた。幸恵は机の上に置いたカバンに教科書を詰めながら、永遠を見ていた。
壁に掛けてあるアナログ時計の時を刻む音が教室に響き渡った。
もう何分こうして向かい合っている事か。幸恵は我慢できずに席を立つと永遠に向かって大声で言った。「好きなら好きって言えばいいじゃん!」
永遠は幸恵の顔から視線を外した。
「もうすぐ、もうすぐ……」幸恵ははっきりしない態度の永遠にイライラしながらも、窓際に近付いて行った。そして窓を覆っていた遮光カーテンを両手で掴むと、思いきり広げた。
「もう時間がないんだよ!」
窓の外からまぶしい光が教室に降り注いだ。半端な明るさではなかった。
幸恵は窓の外を指差し、永遠を見て叫んだ。「あの太陽のせいで!」
太陽は尋常ではない大きさで輝いていた。永遠は手でひさしを作り、逆光になっている幸恵を見つめながら思った。
そう、太陽が地球を飲み込もうとしていた。
僕の心が君に飲み込まれたように……。
僕達にとって最後の夏休みが近付いていた。
かつて欧州宇宙機関(ESA)とアメリカ航空宇宙局(NASA)が共同で打ち上げた、太陽・太陽圏観測衛星(SOHO)により太陽の観測は行われた。しかし、太陽内部の組成についてはあまり判っていない。
先日観た報道バラエティ番組を思い出しながら、下校途中の永遠は自転車を押していた。自転車に乗らない理由は、隣を歩いている幸恵がいるからだ。
太陽が急激に膨張した原因は未だ解明されていない。そのため国連が中心となり、各国各都市は紫外線を遮断すると言われる素材で作られた布で覆われている。しかしそれもほんの一部の事で、人は地下道を使って移動している事が多い。
永遠と幸恵も通っている学校は郊外の高台に位置していたが、気候に左右されずに登校が出切るようにと地下道が町中に向かってつながっていた。二人は今その地下道を歩いていた。
「で、結局、小鳥遊君は何も言ってくれないんだね」
「ご、ごめん」
「そういう事じゃなくてさー」
「きょ、今日も暑かったよね」
「はぐらかしてる?」
「え。だって、曾根崎さんと一緒に下校出来るなんて思ってもなかったから」
「私は何者よ!」
そう言って幸恵は笑った。永遠もつられて笑った。
「太陽のせいで折角の夏休みも外出禁止なんてつまらないよね?」
「そうだね」
「だからさー、夏休み一緒に遊ぼうよ」
「え?」
永遠は幸恵を見た。
「だって、みんな遊んでる場合じゃないって感じでさ。私達まだ中学生なんだよ。もっと青春を謳歌しなくっちゃいけないと思うんだよね」
「いやあ、でも太陽がアレじゃ」
「最近はずっとテレビも暗いしさー。世界が終わるとかなんとか。そりゃ、太陽が地球を飲み込むかもしれなくたって、どっちにしても地球にしかみんないられないんだからさ」
「そうだけど」
「大人が暗くなっていても私達は明るく生きたって良いと思うんだけど」
「そうかな」
「そうだよ。だって大人はみんな十分楽しく生きて来たんでしょ? 私達はまだこれからなんだよ」
「そ、そうだね」
「だからもっと楽しい事をするべきだよ」
「そうか」
「青春はドキドキしなきゃダメだよ」
「そうかな?」
「だからさ、私と一緒にドキドキを探そうよ!」
「なんで?」
「いいから付き合いなさいよ!」
「ドキドキって?」
「それが判らないから探すんだよ!」
「曾根崎さんは相変わらず積極的だな」
「明日の終業式が終わったら、夏休みの計画を一緒に考えようね」
「うん。了解!」
「じゃ、私ンち、こっちだから。またねー!」
幸恵は分かれ道を左に走っていった。
手を振っている幸恵を見送りながら永遠は思った。
「もう僕はドキドキですよ、曾根崎さん」
(つづく)