SACHiEl (8/13)
2006,06,12, Monday
「おかえり」
病室に戻ると窓際のイスに幸恵が腰掛けていた。
「あ。来てたんだ」
「外出してたんだって? 何処行って来たの?」
「ちょっと散歩。駅前のK書店で本も買って来た」
そう言いつつベッドの上に買って来た数冊の本をバラまいた。
「うわー。年頃の男の子が読むエッチな本が無いな〜」
「無いよ」
「それにしても、神だの悪魔だのばかり載ってる本だらけだねー」
「幸恵ちゃんがそんな話ばかりするから、勉強しなくちゃと思ってさ」
「あれ。影響与えちゃいましたか?」
「まあ、そんな所だね」
まだ3日しか顔を会わせていないのに、すっかり俺と幸恵は仲が良くなっていた。若い男女が一緒にいれば、はたから映る姿はカップルに思えて当然だ。幸恵は兎も角、俺は気になる存在になって来ていた。しかし、きっと幸恵の中では最初に口にしたように兄的存在なのだろうから、今の俺もこれ以上の関係を求めるつもりも無かった。
「色々と立ち読みもして来たけど、結構こういう本てキリが無いね」
「世紀末世紀末ってうるさかったもん」
「でも1つ感心した。というか納得した」
「何?」
「天使の名前はミカエルやガブリエルのように、エルを末尾につけることが多いって」
「うん」
「サキエルのエルとか」
「そうよ」
「エルって、神という意味なんだね。神聖さを表しているんだね。だからお母さんは幸恵ちゃんの名前に神聖なエルを付けて、天使の名前になるようにしたんだね」
「判った?」
「サチエエル…。サチエルだ」
「なんか恥ずかしいなー」
「そう言えば、さっき気付いたんだけど。幸恵ちゃんの名前、名字は何て言うの?」
「え?」
「聞いていなかったと思って。今更なんだけどさ」
俺はベッドの上の本を片付けながら続けた。「さっきF中に行った時に先生に答えられなくてさ」
「が、学校に行ったの?」
「うん。本屋行く前にフラッとね。でも授業中だったから誰にも会わなかったし、勿論、中に入れる訳じゃないし、」
幸恵は突然立ち上がると、勢い良く病室を出て行ってしまった。
「幸恵ちゃん?」
しばらくしても戻って来る気配は無かった。トイレって訳でも無さそうだけど、カバンは置き放しだ。いずれ戻って来ると思っていた。それにしてもどうしたんだろう? 学校に行ったのがマズかったのかな?
廊下を見てみたが姿は無かった。どうしようもないので、ベッドの上で買って来た本をめくり始めた。そこには堕天使ルシファーについて記述してあった。
気が付けば夕食時間となり、結局、幸恵はそのまま戻って来なかった。
「きっと俺は気に触る事をしてしまったんだな…」
夜中、サイレンの音で目が覚めた。
「火事?」
カーテンをめくり外を見ると、目前の大通りを数台の消防車やパトカーが走っていた。
他のベッドの人も起き上がり、窓の外を見始めた。
「近くかな?」
同室の入院患者が持参していた小型テレビのスイッチを入れた。チャンネルを変えると、朝まで繰り返し放送されている通信販売の番組の上部にニュース速報が表示されていた。
『ニュース速報:北区F中学校で火事』
「F中!?」
気が付けば廊下も騒がしくなっていた。他の病室の人々も起き出したらしい。ナースがみんなを病室に戻そうとしていた。
俺も何かが出来る訳でもないし、まだ眠たかったのでベッドに戻った。枕元には読んだまま寝てしまった為、開き放しの本があったので、閉じてそばのイスの上に置いた。そのページには沢山の天使が飛んでいる図録と共に『さて、天で戦いが起こった。ミカエルとその使いたちが、竜に戦いを挑んだのである。竜とその使いたちも応戦した(ヨハネの黙示録第12章7節)』と書かれていた。
翌朝のニュース番組では火事がトップニュースだった。どうやら俺が目覚めた時はもう炎上していて、走っていた消防車は応援に向かったものらしい。警察と消防の見解は放火だった。F中学校は全焼してしまったが、幸いな事に被害者はゼロ人、周りの建物にも影響は無かった。
テレビ画面には黒い塊となった校舎が空撮で映っていた。現在の状態だろう。キャスターの説明と共に夜中の現場レポートに切り替わると、それは凄まじい光景だった。紅蓮の炎に包まれた校舎。必死に消火活動をしている消防士。馬鹿面の野次馬。
「幸恵はどうしているだろう…」
イスの下に置かれたままのカバンを見た。プライバシーの侵害に当たってはマズイので、勿論カバンを開ける事はおろか触れてもいなかった。
立ち上がり窓の外を見ても幸恵の姿は無く、昨日見たあの集団の姿も無かった。
俺は小さく溜息を付いた。
(つづく)
病室に戻ると窓際のイスに幸恵が腰掛けていた。
「あ。来てたんだ」
「外出してたんだって? 何処行って来たの?」
「ちょっと散歩。駅前のK書店で本も買って来た」
そう言いつつベッドの上に買って来た数冊の本をバラまいた。
「うわー。年頃の男の子が読むエッチな本が無いな〜」
「無いよ」
「それにしても、神だの悪魔だのばかり載ってる本だらけだねー」
「幸恵ちゃんがそんな話ばかりするから、勉強しなくちゃと思ってさ」
「あれ。影響与えちゃいましたか?」
「まあ、そんな所だね」
まだ3日しか顔を会わせていないのに、すっかり俺と幸恵は仲が良くなっていた。若い男女が一緒にいれば、はたから映る姿はカップルに思えて当然だ。幸恵は兎も角、俺は気になる存在になって来ていた。しかし、きっと幸恵の中では最初に口にしたように兄的存在なのだろうから、今の俺もこれ以上の関係を求めるつもりも無かった。
「色々と立ち読みもして来たけど、結構こういう本てキリが無いね」
「世紀末世紀末ってうるさかったもん」
「でも1つ感心した。というか納得した」
「何?」
「天使の名前はミカエルやガブリエルのように、エルを末尾につけることが多いって」
「うん」
「サキエルのエルとか」
「そうよ」
「エルって、神という意味なんだね。神聖さを表しているんだね。だからお母さんは幸恵ちゃんの名前に神聖なエルを付けて、天使の名前になるようにしたんだね」
「判った?」
「サチエエル…。サチエルだ」
「なんか恥ずかしいなー」
「そう言えば、さっき気付いたんだけど。幸恵ちゃんの名前、名字は何て言うの?」
「え?」
「聞いていなかったと思って。今更なんだけどさ」
俺はベッドの上の本を片付けながら続けた。「さっきF中に行った時に先生に答えられなくてさ」
「が、学校に行ったの?」
「うん。本屋行く前にフラッとね。でも授業中だったから誰にも会わなかったし、勿論、中に入れる訳じゃないし、」
幸恵は突然立ち上がると、勢い良く病室を出て行ってしまった。
「幸恵ちゃん?」
しばらくしても戻って来る気配は無かった。トイレって訳でも無さそうだけど、カバンは置き放しだ。いずれ戻って来ると思っていた。それにしてもどうしたんだろう? 学校に行ったのがマズかったのかな?
廊下を見てみたが姿は無かった。どうしようもないので、ベッドの上で買って来た本をめくり始めた。そこには堕天使ルシファーについて記述してあった。
気が付けば夕食時間となり、結局、幸恵はそのまま戻って来なかった。
「きっと俺は気に触る事をしてしまったんだな…」
夜中、サイレンの音で目が覚めた。
「火事?」
カーテンをめくり外を見ると、目前の大通りを数台の消防車やパトカーが走っていた。
他のベッドの人も起き上がり、窓の外を見始めた。
「近くかな?」
同室の入院患者が持参していた小型テレビのスイッチを入れた。チャンネルを変えると、朝まで繰り返し放送されている通信販売の番組の上部にニュース速報が表示されていた。
『ニュース速報:北区F中学校で火事』
「F中!?」
気が付けば廊下も騒がしくなっていた。他の病室の人々も起き出したらしい。ナースがみんなを病室に戻そうとしていた。
俺も何かが出来る訳でもないし、まだ眠たかったのでベッドに戻った。枕元には読んだまま寝てしまった為、開き放しの本があったので、閉じてそばのイスの上に置いた。そのページには沢山の天使が飛んでいる図録と共に『さて、天で戦いが起こった。ミカエルとその使いたちが、竜に戦いを挑んだのである。竜とその使いたちも応戦した(ヨハネの黙示録第12章7節)』と書かれていた。
翌朝のニュース番組では火事がトップニュースだった。どうやら俺が目覚めた時はもう炎上していて、走っていた消防車は応援に向かったものらしい。警察と消防の見解は放火だった。F中学校は全焼してしまったが、幸いな事に被害者はゼロ人、周りの建物にも影響は無かった。
テレビ画面には黒い塊となった校舎が空撮で映っていた。現在の状態だろう。キャスターの説明と共に夜中の現場レポートに切り替わると、それは凄まじい光景だった。紅蓮の炎に包まれた校舎。必死に消火活動をしている消防士。馬鹿面の野次馬。
「幸恵はどうしているだろう…」
イスの下に置かれたままのカバンを見た。プライバシーの侵害に当たってはマズイので、勿論カバンを開ける事はおろか触れてもいなかった。
立ち上がり窓の外を見ても幸恵の姿は無く、昨日見たあの集団の姿も無かった。
俺は小さく溜息を付いた。
(つづく)